あの時言えなかったこと

親友が泣いていた。誰かのために夕飯を作ったり初めて家族ではない他人の洗濯物を畳んだりするようないくつもの夜を越え、でもついに朝が来なくなってしまった。深夜1時、私たちの他にテーブルが2つしか埋まっていないそれなりに静かな店内で、目を赤く染めて唸りながら涙をポロポロこぼしていた。

 

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ほぼ初めての彼氏と呼べる彼氏、色違いのスリッパ、家鍵の隣に並んだ合鍵、他人の家に置かれた部屋着。あっけないほど短い期間の中でもそこに涙をこぼすだけの理由はきちんと存在していた、とわたしは思っている。

 

「もうわたしのこと好きになってくれる人なんていないと思う」という言葉がひどい間違いであることをわたしは知っていたけれど、新しく彼女を好きになってくれた人の存在でしかその間違いが彼女の中で正されないということもわかっていた。

ただ、わたしは「ムカつく〜〜」という言葉と裏腹に嗚咽をこぼす彼女の素直さを本当に素敵だと思ったし、その可愛さが報われなかったことをひどく勿体無いなと感じていた。私の彼氏の愚痴を聞きながらも自分の彼氏の愚痴は全く出て来ない執心ぶりや、恥ずかしさから私ではなく地元の友達に惚気ていたそのいじらしさを思い出すたびに私は何度も勿体ないなと思うに違いないし、際限なく流れていた涙の行く末を思いながらやはり惜しいことだと思うのだ。

 

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似た後ろ姿を見かけて小走りになること、雑誌後ろの占いページの星座を2つチェックしてしまうこと、スーパーの食材を見て特定のものを避けてしまうこと、ふと流れる有線の中に思い出のバンドを見つけてしまうこと、きっとこれから暫くそういうことを続けた先に、星座は牡牛座から射手座になって、きのこはエビに変わって、ミスチルスピッツになるような日が絶対にくる。そういう日が来た時に、私は多分勿体無さをやっと拭って、嬉しさと喜びとちょっとの寂しさを感じることになるに違いないのだ。